教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(3)

小説

戸惑い

やよいちゃんの番が終わった後も休憩までの間、一通りコンクールを見ることになった。

素人目にも上手下手ぐらいはなんとなく分かったが、特別バレエに興味があるわけではなかったためか、感動とまではいかなかった。

それにしても、子どもから大人まで、このバレエスクールは幅広い年齢層に人気なようだ。

そして、やはりと言うべきか、見渡すと観客には身なりの整った紳士淑女が多く見受けられた。

 コンクールの最後までいる理由もないので、これでお暇することにした。
「え、もう帰るんですか。」
そのニュアンスに少し戸惑った。

隣に誰もいなくなる寂しさに加えて、ほかの感情も混じっていたように感じたからだ。

まさか、とすぐに今の思いは取り消した。
「すみません、家の用事があるので。」

9割本当、1割嘘。いや、逆か。

日曜日は自分が風呂を沸かす日なので、帰るべき時間ではあった。

しかし、何かを断るほどの用事では全くなかった。
「やよいちゃんによろしくお伝えください。今日はありがとうございました。」
と、半歩踏み出そうとしたとき
「あ、そだ、先生LINE教えて。」
「え、LINEですか。」

本来なら「すみません、保護者の方と個人的なやりとりはしないようにしているので。」が正解だ。長谷川さんに限らず、万が一、何かのトラブルでこじれた場合、プライベートも脅かされかねないからだ。

世の中には土日にも苦情を言うような輩もいる。長谷川さんがそうである確率はほぼないが、0%ではない。断るべきだ。

そう思う一方で、保護者を味方につけておいて損はない、という考えも働いた。

情報を得ることでうまく立ち回れることもある。

また、誘ってくださった手前、LINEごときを無下に断るのも「堅い」感じがした。

「ま、いいか。」その間2秒。

結局「いいですよ。」と交換し、「でも、内緒にしといてくださいね。」と付け足し、会場を後にした。

コインパーキングに戻り、車を発進させた。ハンドルが軽い。半日潰れてしまったが、それに見合う価値はあった。

わざわざ足を運んだことは、保護者にとってプラスの印象に映るはず。

それに、初めてバレエに触れ教養になった。休日の過ごし方としては、悪くないなと思った。

それに・・・どことなく男女の空間だったように感じた。特に触れるわけでもない、見つめ合うわけでもないが、ただなんとなく。

きっと説明しろと言われても、できない。本当になんとなく。

だけど、その感覚はしばらく頭から離れなかった。

教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(4)


 

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