教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(4)

小説

接触

コンクールが終わり、また同じような日々を過ごしていた。
ある日の放課後、なんの用だったか長谷川さんが学校に来校した。

玄関で対応した後、別れ際に生年月日を聞かれた。生年月日を知ってどうするのだろうか、誕生日が近いわけでもないし、旦那さんとどちらが若いか聞きたかったのだろうか。

そう思っていると、

「先生におすすめの商品があるんです。」

「おすすめの商品?」

「あ、保険なんですけど、」

某大手保険会社に勤めていたことを思い出した。保険にはあまりいい印象をもっていない。

なんだかんだ口車に乗せられている感があるからだ。

すでに他の保険会社で複数入っていたため、遠慮したかった。

「え、そんないいですよ」

「そんなことないって。一応作ってくるで、見るだけ見て?」

「はぁ。分かりました。ほんとに見るだけですからね。」

自分の悪い癖が出る。よく思われたい小心者、お人好し、自分が犠牲になることが美徳。

相手に強く言えないのだ。

個人情報ではあるが、聞かれてどうなるものでもないと思い、結局教えることにした。

夜、LINEにこんなメッセージがきた。

『先生、ご飯いきませんか。』

思考が一瞬止まった。

保険の提案だとは思ったが、一緒にご飯に行く必要があるのだろうか。

いや、むしろ保険屋さんとはいえ、保護者と担任が2人でご飯に行ってもいいものなのだろうか。

学校にも某外資系保険会社が出入りしているし、学校でもいいような気がする。

ご飯だから昼ということはないだろうし。

思案を巡らした結果、承諾する返事を送った。

保険の提案を聞くというのが建前だが、本音は別のところにあったからだ。

コンクールの日のことを確かめたかった。

もう一度会って見極めたい、と思った。

普通ならば相手は既婚者であり、担任児童の母親であり、思い上がり甚だしい勘違い男だと笑われるところだ。

確かめたところで、どうなるものでもないのに。

それに、女性と2人での食事というのも新鮮だった。

離婚してからそういうことがとんとなかったからだ。

その後のやりとりで、金曜日の19時に隣町のパスタ屋に行くことになった。

金曜日、先についた僕は車の中で待った。19時少し前に一台の車が駐車場に止められた。

降りてきた長谷川さんは、いかにも保険レディーという清楚な格好をしていた。

こじんまりとしたパスタ屋は、幸運にも人が少なかった。ホッとして角の席に腰を下ろした。

「ごめんなさい先生、忙しいのに」

「いいえ、こちらこそ」と言っている間にお冷とメニューが置かれた。

「先生、何にします?」

「そうですねぇ・・・」

値段と相談しながら、あまり時間をとるのも男らしくないので、無難に好物のカルボナーラにした。長谷川さんもあまり迷うことなく、ナポリタンを注文した。

さて、何を話そうと思っていると、長谷川さんがおもむろに某有名ブランドの袋を差し出してきた。

「はい、先生。これ、お礼です。」

お礼?まだ契約したわけではないのにと戸惑っていると、

「ほら、やよいにプレゼントくれたじゃないですか。コンクールの時」

「あー、そんなんいいですよ。」

「いやいや、もう買っちゃったんでもらってください。」

自分では買わないであろう有名ブランドの袋を前に心が躍った。

「すみません、大したものもあげててないのに、こんな頂いてしまって。」

「いいんです、先生に似合うと思って。」

有名ブランドが入っているデパートは片道30分かかる県庁所在地にしかないこと、わざわざ長谷川さん自身が選んでくれたことにただただ恐縮した。

それと、同時に保険屋さんて大変だなとも思った。

いちいち契約する人に贈り物をしているのだろうか。

そのお金はどこからでているのだろうか。

知らない業種に興味が湧いたが、そうこうしているうちに、本題の保険の話になった。

「先生これ作ってきました。先生、私と誕生日近ーい。ふふ。」

目が大きく、一般的には美人に分類される顔。

そして、とても40歳には見えない。

いや、最近の40歳てみんなこうなのかとも疑問に思った。

「先生30歳ですよね。今から毎月6000円を30年かけると60歳にこんなに返ってくるんですよ。すごくないですか。もうすぐこの商品、率が良すぎて無くなっちゃうんです。で、もう一つのプランも作ってきたんですけど、これはちょっと高すぎるのでこっちでいいかなって思います。これの方が高いで私的には嬉しいけど。」

正直な人だなと思った、それが表情や口調に表れている気がした。

契約してくれればそれでいいという営業スマイルでもない。冗談にもよく笑う人だった。

それと契約するかどうかは別なのだが、プレゼントをもらっている手前、断りづらく、結局6000円の方に入ることにした。自分に笑ってしまう。

長谷川さんが作戦だと認識しているかは分からないが、まんまと引っかかってしまった。

giveされるとお返ししたくなる、しないと罪悪感が残る人の心理を利用されてしまった。

ま、損する保険じゃないと自分に言い聞かせることで、開き直った。

1時間半ほどいただろうか、あっという間に時間は過ぎた。

話題に困ることなく、仕事の話やある程度プライベートな話も交えながら楽しく会話をすることができた。ほぼ初対面なのに話しやすい人だった。

帰宅し、もらった袋を開けてみるとハンカチが2枚入っていた。水色と紫。自分がもつような色ではないけれど、有名ブランドはそういうものなのだろうと思った。LINEを起動させ、お礼の言葉を送った。

「ハンカチありがとうございました。大事に使います。」

「喜んでもらえて嬉しいです。またご飯いきましょう。」

また?少し嬉しくなった。相手も少なからず思ってくれていたのだろうか。確かに楽しい時間だったため、次があってもいいなと自分も思った。少しの背徳感と一緒に。

教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(5)

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