教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(6)

小説

防御

それ以来、長谷川さんから頻繁にLINEが来るようになった。

「先生の字素敵や〜」

「先生上品や〜」

どうも何かしたというわけではなさそうだが、振る舞いや雰囲気に好意をもってくれたようだ。確かに、字は祖父母に鍛えられて、昔から「いい字」と言われてきたし、高校、大学と推薦受験をするほど素行は良い方だった。なんせ僕は、浄土真宗の寺の長男として生を受け、代々教師をしている人たちに育てられ、地域では、よく挨拶のする「おしんぶっちゃん」として生きてきたのだ。

基本的に長谷川さんはいつも「尊敬する」と言って、当たり前のようなことを褒めてくれた。僕は、元々学力は高くなく、デキる人間でもない。大学では周りの頭の良さに劣等感を覚えた。大学では英語を専攻したが、話せもしないし、聞けもしない。どちらかというと、英語を見ると眠たくなる。教員採用試験にも3度目で運よく合格したぐらいだ。そんな僕をいつも長谷川さんは、「すごーい」と言ってくれた。

「もうコンクールの日、先生が隣に座った瞬間、ジョジョジョってなったわ。」

長谷川さんはよくわけの分からないことを言った。ニュアンスは感じ取れるが、ワードチョイスに癖があった。「ビビビ」なら分かるが「ジョジョジョ」という人は初めてだ。他にもある。

「先生、あれに似てる、チャゲ。」

チャゲって、「チャゲ&飛鳥」のチャゲだ。聞いてパッと顔が出てくる人がいるのだろうか。少なくとも自分の年代にはいなさそうな気がした。

「あ、あと、ミキプルーンの人、最後から2番目の恋の!」

中井貴一だろうか。この人は、良かれと思って言っているのだろうか。30歳でチャゲや中井貴一に似てると言われて「よっしゃ。」となるやつがいるわけない。むしろ、いい気分ではないだろう。そんなことをヅケヅケと言える人種には、今まで出会ったことがなかった。呆れて笑ってしまう。

「いやいや、似てないでしょ。」

初めてあった頃より、自分の口調がフレンドリーになりつつあることを自覚した。長谷川さんの本気とも取れる冗談に合わせていたら、いつの間にか口が軽快になっていた。それにどうも、こっちがツッコミ役のようだ。ま、長谷川さんは自分で言って自分で笑っているのだけれど。

それでも一定の距離はとっていた。下手してよからぬことにならないように。自分からLINEすることはないし、敬語もそれなりに入れている。ただ距離が近い保護者、もしくは気が合う保護者程度にしておくつもりだった。

だが、ある夏の夜、僕は自分に負けた。

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