教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(8)

小説

瓦解

「ねぇねぇねぇ」への反応は素早かった。

電話がかかってきた。長谷川さんは、仕事柄電話をする機会が多い。お客さんへのアポや支部長や部下への連絡にしょっちゅう電話をする。仕事の連絡は電話でないと気が済まないらしい。そのため、部下が欠勤の連絡をLINEでしてくると、容赦なく「電話で伝えて」と言うようだ。また、お客さんからの問い合わせも多い。この間のM市へのドライブの時にも「ちょっとごめんなさい。」と言って対応していた。

「どうしたんですか、先生からなんて珍しい。」

「すみません、今日はちょっと酔ってて」

正直に伝えてみた。酔っているからなんだというのか。自分で言葉にして呆れる。きっと世の中にも、酔った勢いで連絡する男が結構いるような気がする。お酒を言い訳にして。もしかすると女性にとってはあるあるなのかもしれない。女子会で「男ってなんか酔った時連絡してくるよね。特に昔の男。」「わかるー。」そんな会話が聞こえてきそうだ。

「何、先生、わたしの声でも聞きたくなった?」

即座に答えられずにいると、

「ふふ。ウソウソ。誰と飲んでたんですか。」

「あ、今日は、大学時代の友達と飲んでました。」

やはり、反応を見て途端に話題を変えるあたりは熟練の女性のなせる技かもしれない。若い子であれば、「ね、聞きたかったんでしょ。正直にいいなよ。」と言わせるまで聞きそうなものだ。

「そうなんや、楽しかった?」

長谷川さんの口調もどこかくだけてきた。先生と保護者の立場が少しずつ瓦解していく。

「いいなー、わたしも先生と飲みたい。飲めんけど。」

「まだ、飲んでませんでしたよね。今度行きます?」

無駄な駆け引きのない、どんどん進んでいく会話。どんどん縮まる距離。

もう酔いは冷めているのに、好奇心と欲が心を占める。

よくないとわかっているのに。

開け放たれた窓で、風が風鈴をチリンと鳴らす。

僕は警告を無視した。

「じゃ、今度の土曜で」

「はーい、楽しみにしてますね。先生おやすみなさい。」

「僕もです、おやすみなさい。」

僕は、前半は酒のせいにし、後半は夏のせいにした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました