筆談
2学期に入った。
僕の小学校は田舎の学校であるため、各学年単学級である。単学級とは、学年に1学級しかないということだ。そのため、25名前後のクラスが6学年で全校児童が130名前後しかいない。単学級の特徴は、担任の裁量がかなり大きいことだろう。同じ学年を組む担任がいないため、全て1人で計画し実行しなければならない。相談ができないデメリットもあるが、自分で自由に決められるというメリットもある。
担任の裁量については良し悪しだが、いかんせん業務は多い。単学級のような規模の小さい学校の職員は忙しい。担任業務に加えて他の業務もある。あまり外からは見えにくいが、校務分掌という仕事がある。生活指導、研究主任、体育主任、各教科主任、清掃担当、安全担当、視聴覚担当、特別支援担当などだ。規模の小さい学校は、職員の人数が少ないため、これらの業務を1人が複数担当することになる。体育主任になれば、運動会やマラソン大会など運動系の行事は全て主任として準備運営しなければならない。また、職員の多くは組合に入っているため、そっちの仕事もある場合がある。担任業務でも時間がかかるのに、さらに学校全体に関わる仕事、対外的な仕事が重なるといくら時間があっても足りない。
さらに、教員の本分ではあるのだが、授業研究という命題も課せられる。その学校が1年間何に重きを置いて研究するかを全教員で共有し、それに向けて授業実践を積む。教員の本分ではあるが、これもなかなかに苦しい。教材を研究し、児童の実態を把握し、目標を立て、それに見合った評価を考える。目標達成に向けてどのような授業の構成にするのか、子供への問いは何にするのか、配慮の必要は児童にはどういう手立てをするのか・・・逃げたい気持ちはあるが、することでしか力はついていかない。
教員が多忙と言われるのは、部活動や保護者対応だけではない。こういう外からは見えない部分にかけている時間が多いのだ。
2年目の今年は、一気にその業務が集中し忙しい年だった。
そんな2年目の2学期、朝連絡帳を開くと、ふっと笑いが出た。やよいちゃんの連絡帳の保護者チェック欄に落書きがしてあった。僕の似顔絵だ。人から見れば特徴を捉えており、似ているかもしれないが、僕としては不服だ。似顔絵ならもっとコミカルにしてほしい。そんな絵だった。
「似てますか?笑」
コメントをつけて返した。
その次の日も次の日も似顔絵は描いてあった。少し表情を変えて。
たまに、僕も長谷川さんの似顔絵を描いて返した。あまり絵は得意ではなかったけれど、長谷川さんも特徴的な髪型と目をしているため、僕でも描きやすかった。
僕たちだけの秘密のやりとりに思えた。やよいちゃんはもちろん落書きには気づいていたが、僕たちの関係までは知らない。
そんなある日、そのやりとりを後悔する出来事が起きた。
僕が出張だった時に、代わりにクラスに入ったおばちゃん先生に見られたのだ。
「先生、あれ何?」
怒った様子ではなく、少しからかうような言い方。
「いや、長谷川さんが描いて来たので、少しお返しをしてみました。」
全く弁解になっていないが、それしか出てこなかった。もちろん他の職員になど言えるわけがないので、これでもなんとかごまかしたつもりだった。
連絡帳というオフィシャルなものなのに、見られないだろうとたかを括っていた。
詰めが甘いのは変わらない。とても詐欺師やスパイにはなれそうにない。
一連の出来事を長谷川さんに伝えると、ケラケラ笑っていた。
全く。人の気も知らないで。
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