教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(19)

小説

もう一つ長谷川さんの行動力を物語る出来事を紹介しよう。

ある日、長谷川さんと僕は某大手書店の駐車場で待ち合わせをした。何か保険の契約書ができたからと少し会って話す予定だった。

僕の隣に長谷川さんの車が止まり、長谷川さんが僕の車に乗り込んできた。

しばらく話をしていると、後方でドンと音がした。僕が「なんや今の音」と長谷川さんと目を合わせたかと思うと、急に長谷川さんが

「当てられた!」と言って、雨の中をドアを開けて走っていった。

僕も降りて確認しようとすると、一台のスバルの車が方向転換をして今にも駐車場を後にしようとしていた。

長谷川さんは自分の車が当てられたことを確認すると、ハイヒールで車めがけて走っていき、車の前に立ちはだかった。

「ちょっと!止まんねや!あんた今当てたやろ!降りねや!何逃げようとしてるんやって!」

運転していたのは若い男だった。初心者マークがついている。

僕は傘を持って近寄り長谷川さんが濡れないように傘をさした。

「あ、今車止めようと思って・・・」

「嘘つきねや!あんた逃げようとしたやん!見てたんやでの!」

「いや、してないです。」

「じゃなんであっち方向行くわけ。すぐそこ止めればいいやん。逃げようとしたんやろ?しらばくれんなや!」凄い形相で詰め寄る。

男はすでにたじたじと困惑していた。当てた相手が悪かった。

「はよ、ぼさっとしてえんと、警察電話しねま!腹立つ!」

「は、はい、今します。」

警察に電話すると、ちょうど書店の近くに警察があったため、来てくれと言われたらしい。

「ごめん、先生行ってくるわ。腹立つあいつ。逃げようとしやがって。」

「あ、うん。1人で大丈夫?」

「大丈夫、じゃね先生、気をつけて帰って。」

「う、うん」

面倒なことになったなと思い、帰ろうとしたが、帰るのも無責任な気がした。

僕は、ハンドルを切って警察署に向かった。

駐車場に着くと、ちょうど長谷川さんも入口に向かうところだった。「あ、先生どうしたの?来てくれたん?」と長谷川さんの顔が綻んだ。

「うん」

警察署の窓口では、さっきの勢いそのままに長谷川さんが警察署員に事情を説明した。

「車に乗ってたら大きい物音がして、出てみたら当てられれてて、で、この人当てたのに知らんふりして逃げようとしたんですよ!」

「いやしてないですって。そこに止めようとして・・・」

「逃げようとしてたやん。じゃなんで車走らす必要あるんやって。そこ止めればよかったんじゃないの?」

警察の人も状況を見てないながら、「それはお兄さん、そう思われても仕方ないですよ。」と長谷川さんの肩をもった。

僕はこの時なぜか警察の人に感心した。

僕だったら「逃げてないって言ってますよ」と言っていたかもしれない。

子供の喧嘩の仲裁をするときもそうだ。子どもはお互いに無実を主張する。そのときに言った言わないの水掛け論になることがよくある。状況を見ていなければ、どっちが正しいか分からない。

だけど、警察署員さんは見ていなくても、長谷川さんの味方になった。客観的立場から、状況は被害者である長谷川さんが逃げられたと思って当然だと判断をした。

「すいません、気が動転してて。」と男も認めた。

警察署員さんが、「あとは保険会社とかの連絡もありますから、お互い連絡先交換してやりとりしてもらえますか。」と大体そんなことを2人に言った。

男は申し訳ないですといいながら、携帯を出して連絡先を交換した。

長谷川さんはさすが保険会社勤め、テキパキと今後のことを男に指示し「気をつけねや。」と言って警察署を後にした。

車に戻ったあと、「先生ありがと、いてくれて。冷静になれたわ。」と長谷川さんは言った。

さらに、「駐車場で傘持ってた先生、トトロかと思ったわ。」と言って笑ってきた。

この出来事は、後々も「トトロ事件」として2人の話題になった。

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