教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(24)

小説

ちょうど夏休みが終わるころだろうか、友人の働く喫茶店でお茶をしていたときだった。

出口から出ていった若い男性がなぜかまだ戻ってきたのが目に入った。「あのー」と従業員である友人に話しかけている。

すると、友人が「ジュークって正楽のやんな、当ててもたんやって」

どうも車の話らしい。外に出て確認すると左前方のバンパーが凹んでいる。

怒りとかは特になかった。警察と保険会社に連絡して相手に直してもらう手筈を整えた。

正楽の車は停車してあり、誰も乗っていなかったのだから10対0だ。ちょっと傷もあったから直してもらえてラッキーぐらいに思っていた。

なんなら助手席の扉に当てて欲しかった。なぜなら、「しね」とも読める傷があるからだ。

直すのに6万ほどかかると修理屋から聞いていたのだが、まだ直せずにいた。

ちょうどこの頃から、もうこの車も潮時かなと思っていた。

理由は5つ。
 ・走行距離が14万kmほどになっていたこと。
 ・7年乗ったこと。
 ・ハイオクが嫌だったこと。
 ・よく故障すること。
 ・傷を直すのがもったいないこと。

そこで、なんとなく新車の購入を考え始めた。

車の購入を考え始めると、生活がそれ一色になる。YouTubeもネットも開けば車のことばかり。

中古でもよかったのだろうが、なぜか中古は頭になかった。乗るなら新車と決めていた。

前の車は祖父が就職祝いに購入してくれた。だから、その時欲しいと思った車にしたが遠慮もあったため、次は自分の欲しい車を買おうと思っていた。自分の貯めたお金で、自分の好きな車を。

調べ出すとキリがない。SUVと漠然と思っていたが、TOYOTA、日産、HONDA、スバル、マツダそれぞれが似たような価格帯の車を出しているため、実車レビューや比較動画をこれでもかと見漁った。

国産SUVともう一つ迷っているメーカーがあった。MINIだ。

理由は2つ。

父が車が好きで、自分が知るだけでアウディ、フォルクスワーゲン、MINI、そして現在のjeepと乗り継いている。アウディはどうか知らないが、残りはもちろん中古だ。車庫に停まっているのを見てきたがMINIだけ心踊るものがあった。

2つ目は、食卓の会話で「MINIの新しいSUVでるやろ。あれどうや。ちょっと出したるぞ。」的なことを言っていたのだ。何かしら条件があったとはずだが、忘れた。(結局は、一銭も出してはもらわなかったのだが。)

それからMINIのSUV車であるcrossoverを調べ始めた。

もう調べれば調べるほど、MINIのcrossoverが欲しくなった。友人の喫茶店に置いてある外車雑誌のSUV比較でも高得点を取っていたのも脊中を押した。

性能うんぬんも大事なのだが、何といってもオシャレ。外装も内装も可愛いながらも洗練されていると感じた。

さらに、MINIというブランドが丁度いい。

アウディやベンツ、BMWはいかにも「外車です!」というイメージがあり、仕事のできない若造が乗るにはハードルが高すぎた。校長教頭クラスの車だ。

トヨタのハリアーも考えたが、意外と高いし何か自分らしくないような気がした。
まぁそれもcrossoverを決断するための自分への言い訳なのだろうが・・・

MINIをいいと思っていることを長谷川さんに話すと、試乗しに行きたいというので、MINIディーラーに一緒に来てもらった。長谷川さんは正直なので良くも悪くもはっきり言う人だ。だから、意見を聞きたいところもあった。

試乗すると尚更欲しくなった。走り心地、ウインカーの音、ディスプレイの綺麗さ全てが気持ちを高揚させた。長谷川さんも好印象をもったようだった。

だが、もちろんそこで決断するわけもなく、パンフレットなどをもらってその日は帰った。

試乗してからの1週間、正楽は改めて考えた。少し背伸びしすぎではないか。調子乗ってないか。お金は大丈夫なのか。ぐるぐるとそんなことを考えていた。

そのことを長谷川さんに相談した。

すると長谷川さんはこんなことを言った。

「先生はさ、普段何も欲しがらんやん。服とか家具とか。そんな先生が、珍しく自分から欲しいと思うものなんやから買ったら?」

一言一句覚えているわけではなかったが、ストンと落ちるものがあった。

確かに、ここ数年を思い出してもこれほど強烈に欲しいと思ったものはなかった。

「先生にMINI似合ってたし。」

とどめだった。買おうと決意した。

完全に口車に乗せられやすいタイプ。仕方ない、欲しいのだから。

さらに長谷川は1つの提案をしてきた。

「ローン嫌いやで、私も出してあげる。」

「え?いやいやいやいや。自分で払いますよ。」

「いーのいーの、これからもいろんな所連れて行ってもらわなあかんのやし♪」

とても魅力的な提案だが、受け入れるわけにはいかない。大きな借りを作ることになる。

借りは精神的な立場を弱くし、判断力を鈍らせる。その積み重ねは借りた分以上のものを返すことになりかねない。

「ローンなんてもったいないって。私の社内預金おろせばなんとかなるで。いいっていいって。」

「じゃぁお願いします。」

早っ!さっきの「借り」のくだりはなんだったのか。

自分でも情けないが、助かるのも事実だった。甘えてしまった。

計420万を僕120万、長谷川さん300万で購入することになった。

念願のMINIを購入できた喜びと同時に300万の借りができた。

やばいなと思う一方で、300万という大金を出す行為に僕は長谷川さんの想いの強さを感じたのだった。

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