教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(33)

小説

2018年1月

「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

何気なく使う定型文ではなく、一緒にいようねという長谷川さんの渾身の気持ちが込められた新年の挨拶。

2017年が激動の年だっただけに、結びつきが強くなったような気がする。それだけに、長谷川さんにとって僕がいる生活が当たり前になりつつある。

それがいいのか悪いのかは分からない。どちらかというと、考えないようにしてきた。

考えないって楽。人は楽な方に流される。だって楽だから。

でも楽なことは、人を成長させない。わかっているけど・・・

2018年はどんな年になるのだろうか。

意識高い系はこう言う。「自分がどんな年にしたいかだ。」

おっしゃる通り。人生の主人公は自分だもんね。とは言いつつも、やはり運もある程度は作用するはず。その運が味方しますように。

1月は2人にとって特別だ。誕生月。だから本当にちょっきし10コ違う。

長谷川さんの誕生日が20日。ちょうどやぎ座とみずがめ座の間らしいのだが、朝の占いでは都合よく、順位がいい方を信じるようにしているらしい。

長谷川さんへのプレゼントは決まっている。長谷川さんがかねてから欲しがっていたエルメスのバッグだ。

男の僕には分かりかねるが、なぜあんな小さいバッグが40万強もするのか。

そしてなぜカバンをいくつも持ちたがるのか。

はっきり言って、40万なんて簡単に出せる金額ではない。しかし、車を融資してもらった分は返していかないといけない。その第一弾だ。

名古屋に行き、某有名デパートにあるエルメスのお店に入る。

おそらく僕は初めて入ったのではないだろうか。1つ1つが洗練されており、明らかに客層も違った。

上品でダンディなおじさまとマダム。素人目にも着ているものが違う。世界が違うとはこういうことだと感じる。

そんな中に、一塊の地方公務員がいていいのだろうか。「場違い」も甚だしい。

ま、しかし誰も地方公務員とは分からないのだから、実はIT系で稼いでます的なすまし顔をしていた。

一方長谷川さんはお目当てのものを見つけて色で悩んでいた。

「グレーがいいかな、ピンクもかわいい。」

高価なだけに慎重に吟味したいところだ。しかし、コメントをしようにも容易に口を挟めない。なぜなら、そこに論理は関係ないから。グレーが多いからピンクは?とか、ピンクは若らしいから落ち着いたグレーは?とか無意味。

最後は本人の「直感」「フィーリング」だ。

結局グレーにしたが、ピンクにも後ろ髪がひかれていたようだった。

さて、いよいよお会計。

僕は、40万なんてなんでもないかのように、精一杯格好をつけてカードを人差し指と中指に挟んで出してみた。「一括で。」

決まった。

スマートにお会計をする男子。いい感じだ。

「あの、このカード使えないようなのですが。」

ん?

「え、もう一回やってもらってもいいですか。」

「やっぱり、ダメですね。」

焦る僕。冬なのに脇汗がパナイ。

「えーっと、ちょっと待っててもらっていいですか。」

近くのATMに走る僕。

急いで45万をおろし、ダッシュで戻る。

「ではこれで。」

エルメスで肩で息をしている男。ダサすぎる。

これだから地方公務員はw

後から調べてみると、どうもカード利用限度額が30万だったようだ。

僕の生活の範囲では十分だったはずだが、思い直した。そうだ違う世界だった。

なんせ自分の使っているカード情報も知らないとは情けない。今にポイントカードを出してしまうのではないか。

帰り際に、店内に置いてあるキーホルダーがちらっと目に入った。

馬のキーホルダーだったのだが、6万円していた。

どこにキーホルダーに6万払う奴がおんねん!と心の中でつっこんでみたが、周りのマダムのカバンにはその馬が2匹ついていた。

もう二度と来るまい。

いい思い出をありがとう、エルメス。

僕は踵を返し、店をあとにした。

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