教師と保護者の恋愛小説「わかっているけど」(39)

小説

淡路島旅行3

大体温泉に来た場合、長谷川さんはチェックアウトギリギリまでのんびりするタイプだ。

しかし、今回は淡路島まで来たということもあって、のんびりしていていては勿体無い。

8時ごろに朝食を食べ、それでも結局10時ごろにチェックアウトすることになった。

この日は、淡路島旅行の裏目的、僕の時計を売りに行くことだ。

というのも、僕がかつて結婚した時に結納返しでコアな時計をもらっていた。

葉巻のデカイ箱に入った40万そこそこする時計だ。皮の茶色いベルトにフランクミュラー的な文字盤。使用する時には自分でリューズを巻いてから時刻を合わせるタイプ。

ここぞという時にしかつけない腕時計だった。

元嫁にもらった時計を長谷川さんはよく思っていなかった。

「そんなん売ってまいねや。今はApple Watchしてるんやし。」

いつも一刻も早く売ってほしい口振りで言ってくるのだ。

1個ぐらいそれなりの時計を持って然るべき歳なため、売ることを渋っていた。しかし、Apple Watchをするようになってから、もう腕時計はApple Watchだけでいいと思うようになっていた。それぐらいApple Watchが市民権を得てきていたし、スマートさとファッショナブルさを十分兼ね備えていた。誰それはいくらの時計だとか、どこどこのブランドの時計だとか、そういう腕時計マウントからも降りられるのなら、売ってもさして問題ないと僕は判断した。そして、40万そこそこもするのだから、売ってもそれなりにするだろうと思ったこともあって売ることにしたのだった。

そのため、旅の必需品に加えてトランクには腕時計の入ったどデカイ箱が密かに鎮座していたのだった。

「あ、ここ、ここ。」と言って、宝石店の駐車場に入った。

長谷川さんの知り合いの店だ。

長谷川さんは、ツカツカと店に入って行く。今日行くことは伝えてあったようだ。

「あ、U君、久しぶり〜」

品の悪そうな常連を相手にしていた店主が振り返る。

「おぉ〜長谷川久しぶりやん。」

振り返った店主は、長身で黒髪をなびかせたお兄さん。イケメンだ。

「あ、先生?」

長谷川さんから聞いているのだろう。淡路島で出会った人全員「先生」と呼んでくる。

「こんにちは、すみません、お世話になります。」

「ええでええで。それ?時計。デカイなw。ほな預かるでちょっと待ってな。」

査定に入る。

いよいよお別れだ。少しの間だったけれど、時計の魅力を教えてくれ、気分を上げてくれたことに感謝。

「でたでー。」

「ごめんな先生。6万。」

6万!?(ノブ風)

40そこそこした時計が6万!

理由は明快だ。市場が小さい過ぎて需要がないのだ。価値がガンガン上がるロレックスとは比べるまでもない。

長谷川さんはケラケラ笑っている。

人ごとだと思って。そしていい気味だとでも思っているのだろう。

6万なら売らない方がいいような気になってきたが、ここまで来てそんなことも言ってられない。

「そうですか。残念です。」と言いながら、振込先を教えた。

ま、仕方ない。選んだ自分にも選球眼がなかったということだ。受け入れよう。

時計の話はさておき、僕は店主が気になり始めた。気さくながら佇まいに色気を感じる。

「あの、Uさんおいくつですか。」

「え、俺?歳やで。48」

えーーーーーー!!!!!長谷川さんより6つも上。

長谷川さんがU君と呼んでいることもあってか長谷川さんより下だと思っていたし、若々しい見た目は30代としか思えなかった。

ビジュアルを例えるなら、もこみちに近い。

もこみちは誰も48だとは思わないだろう。そんな感覚。

もはや時計などどうでもよくなっていた。帰りの車でも、僕はしきりに「Uさんいい男やな」と連呼していた。

長谷川さんにとってはそうでもないらしい。

「そか?先生の方がかっこいいけど。」

この人、イッーちゃってるぅ(ナダル風)

そんな出会いもありつつ、キティランドというキティ一色の博物館的なところに行き、昼食に人里離れた数人しか入れないような蕎麦屋に行き、帰路に着くことになった。

この時のIさんが案内してくれたのだが、道中はしきりに淡路島時代の長谷川さん話を聞かせてくれた。

関西の人は話の仕方がうまい。ちゃんと落とす。僕はオチのある話が上手に作れないため、とても感心した。

ということで次回、「長谷川さん〜淡路島時代〜」をお送りします。乞うご期待。

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